PROFILE

占星術やタロットによる個人セッション・講座・ワークショップを通して、みなさまの変容のお手伝いをしています。

豊富な知識と太陽のようなあたたかさを持つ星のメッセンジャー。自らもスピリチュアルな成長を目指して日々学び続けています。

<まゆみんとはこんな人です>

現在、セラピストであり、保育士の仕事もしております。


<会社の経理時代>

はじめての就職では、会社の経理部に配属になりました。早く仕事を覚えて、皆さんに迷惑かけないように・・。

それがストレスだったのか、入社して半年、決算の繁忙期に合わせて髄膜炎にかかり1カ月入院しました。


繁忙期に1カ月休んだことに、罪悪感を覚えたと同時に、私なんかいてもいなくても、いくらでも代わりはいるから、会社はたいして困らないことを痛感し、「本当にやりたいこと、やりがいのあること」を探し始めます。

経理の仕事は嫌いではなかったけど、ただひたすら伝票を処理するだけの仕事に飽きてきたのです。


3年目のときに転職を考えました。その時にどうしてもやってみたかったのが、保育士の仕事でした。

子どもと関わる仕事がしたい。人の成長に関わりたい。

そう思って、会社を退職し、保育士育成の専門学校へ入学しました。


<保育士として>

学校での専門科目に、発達心理・教育心理・臨床心理・精神保健があり、かなり力を入れてしっかり学びました。

今思えば、専門学校での勉強が、ヒーラー・カウンセラーの学びの第1歩になっていたのです。

卒業後、学童保育指導員・児童館職員として働くことになりました。最初に任された学童保育。

前任者が支配的でおかしな保育をしていたようで、子どもからは恐れられ、保護者からの信頼も全くない状態でした。

自分に何ができるのか?戸惑いや恐れもありましたが、子ども一人ひとりと丁寧に触れ合い、

個性を知っていくうちにとても絆の強い学童保育に生まれ変わりました。あれだけ辛辣だったお母さんたちも、

のびのび楽しんでいる子どもの様子を見て、もう一度学童保育に、子ども達を任せてくれるようになりました。

夫の転勤で予想よりもずっと早く、子どもたちとお別れすることになってしまいましたが、

今の私を支えるような経験になっています。


次にご縁があったのは、新規立ち上げの児童館オープニングスタッフでした。

最初の学童保育は、一人で保育案や備品の手配、スケジュール管理をするスタイルでしたが、児童館では複数のスタッフで保育にあたります。保育や教育は、保育者が増えれば負担が減る、という単純な世界ではないんです。

保育者の個性は、それぞれいろいろあっていい、むしろいろんな先生がいることが子どもにとっても、
大人にとっても大切で貴重な経験となりますが、お互いを知らなさすぎると余計な摩擦を生んでしまうのです。

保育に対する価値観を出し合ったり、今までの経験からのシェアリングを通して

スタッフ同士でのコミュニケーションをたくさんとりました。

それぞれが、自分の適性や適所を把握して行ったことで、新規立ち上げも滞りなく進んでいきました。

その年に、私は妊娠して、児童館を退職しました。

<妊娠・出産>

実に順調、かつ、幸せな気持ちで妊婦生活を送っていた私。あんなに重い出産をすることになるとは夢にも思っていませんでした。微弱陣痛で始まり、促進剤を打ちました。最後はスタミナ切れで力が入らず、お医者さんにおなかをふんづけられながら吸引分娩。

会陰の裂傷が深く、再縫合のため退院まで1カ月かかりました。あまりの衝撃に膀胱が麻痺して自力排尿ができない状態に。たまごクラブに書いてあるような、出産時のトラブルをすべて経験したように思います。振り返ってみると

この時の身体的・心理的トラウマが現在の霊性の道を歩む原点になっているようです。

<スピリチュアルな人たちとの出会い>

出産時の身体的・心的トラウマと子育てを、ギリギリの状態で切り盛りしていた私にとって、

最初は「スピリチュアル」はテレビや本、ネットの中だけの世界で、超能力のある人だけの話だと思っていました。

ある日、街中のマッサージ店の看板の下に、小さく「スピリチュアルカウンセリング」をいうメニューを見つけました。お値段もマッサージと同じくらい。スピリチュアルティーチャー・カウンセラーという人たちが、実は身近にいること、スピリチュアル系の講座というものもあって、勉強できるということも知りました。

今の思いや気づきを聞いてもらうと、怒りや悲しみ、不安などのネガティブな感情のとらえ方が変わってくる。漠然と感じていたことがクリアな答えとなり、無意識の底に沈んでいた自分の本質がはっきり見えてくる。セッションや講座で自分の源に還り、言葉にすることで癒され、未来を創造する知恵と勇気につながりました。


<スピリチュアルの扉を開く>

息子はとても穏やかで優しくて、天使を授かった気持ちでした。

そのころに、胎内記憶の本を読み、私のもとに生まれてきてくれてありがとう!という気持ちでいっぱいになりました。

ただ、息子はなぜか話すことだけはとても遅くて。それだけがすごく心配でした。特に小学校に上がる時、普通級で進学するか、発達支援を受けたほうがいいのか?散々迷い、普通級在籍で、週1回言葉の教室へ通うことにしました。

小学校に入ってからようやく、実は息子が感音性難聴で、ある周波数の音だけ聞き取りにくいことがわかりました。

半年に1回の言語聴覚士の先生による面談も、ずっと受け続けていたのに、大人は彼の難聴を見逃していたのです。


「全て(悩み事も解決法も)自分の中にある」

悩み事を現象化したのは自分の波動、潜在意識にあるということ。潜在意識が引き起こしたただの現象にすぎないこと。

それを問題として、深刻に扱ってしまうのも、自分の認識次第であること。

潜在意識にある「問題扱いするマインド」が、自分自身をたくさん傷つけていたこと。

今まで、傷ついた小さな子供の自分にも気付いていなかったこと。

ありのままの息子を見守ればよいこと、彼の育つ・伸びる可能性を信じること。
そして「息子」というワードは自分自身や、クライアントとして私を訪ねてくださる方にそのまま置き換えられること。この長い学びから得た気づきは、自分の在り方を支える大切な柱です。


<ピンチはチャンス!悩み事は、学びのためのギフトに変換する>

魂の学びのためのギフトに変換していくためのツールとして、占星学・タロットを選びました。

タロットも占星学も、古代から受け継がれている英知の結晶です。

特に占星学は、洋の東西を問わず、その地特有の神話や風習と溶け合って

ずっと語り継がれているものばかりです。そして、その中に、世界共通のシンボルや事象があります。色々な占星学をひも解くことで、大いなる共同体、地球の歴史にもアプローチすることになりました。

「私は、どこから来て、どこへ向かっているんだろう?」

「なぜ、ここ(地球)で、生活してるんだろう?」

宇宙のからくり、人間の命と真理を学んでいくことがライフワークになりました。

<未来を言い当てるのではなく、未来を自分の手で創造するために>

占星術やタロットは占い=未来を言い当てること、と思われていますし、

実際にその方向に特化した使い方も可能です。

未来の自分も、広義の自分の一部ですから、結局自分の内なる声に耳を傾ける

プロセスが、未来を言い当てることと同じことにもなります。

内なる声を聞く。

本当の自分の声を聞くだけで、気持ちが軽くなります。

その現象を引き寄せた波動を知っていくと、

相手や環境を何とかしよう、としていたエネルギーが、

自然に自分の内側に向けられ、行動が変わっていく。

引き寄せる現象もどんどん変わっていくのです。


<この仕事を選んだことについて。>

妊娠~出産の過程において、

妊婦さんがすべて喜びのエネルギーの中だけで、生活できたら、

きっと、この地球は平和な穏やかな星なんじゃないだろうか??

自分の妊婦時代を思い起こせば、

幸せ、喜びエネルギーと、

お産に対する不安、心配エネルギーが

交互にやってきてました。

出産直前は、ひどく不安症になっていて

その不安がそのまま現実化したお産でした。

漠然とした不安との付き合い方。

チャクラっていうものがあるということ。

胎内記憶や出生前記憶ってのもあること。

どんなふうに自分を尊重して、信頼したらいいのか。

どんなふうに本質を見ていけばいいのか。

そのことを、知っている人が増えていけば、

かなり平和な世の中になるんじゃないかな。

これから、妊娠を考えている方に。

今現在、妊婦の方に。

子育て中のお母さんに。

彼女たちを支えている周りの方に。

未来に親になるであろう、子どもたちに。

私の知っていることを、私にできるやり方で

伝える人でありたいな、と思っています。

そして、今現在の私は、

セラピストと名乗っておりますが、いろんな方とのコラボレーションで、

錬金術のような楽しいことを企画し、みなさんと楽しみながら、

厚木・海老名コミュニティを盛り上げていきたいと思っております。


長いプロフィールを読んでいただきありがとうございました。